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2010年06月09日

ブログ

出来て初めて、ものを言う

蔵に戻って一年目は、経理の勉強をするように言われて大栄経理に通いました。その後、瓶詰を経験しました。何でもしないと気が済まなかったので。
 
その頃の蔵は、安い酒を作って、値段での勝負で売ってました。帰って来たときに、叔父から経理学校に行くように命じられた理由は、「おまえの前の商売は、安く売っていたようだから、まず、経理の勉強をして高い値段で売ってもらわないと。だから勉強に行け。」でも、それより安い値段だったので、どこを見て言ってるんだろうと思いました。
 
そうしている内に、但馬から蔵人がやって来ました。
大森杜氏との出会いでした。私は、吟醸酒と言う高級な酒が造りたかったし、売りたかった。そこで、製造の責任者だった父親に「吟醸酒を造りたい」と言ったところ「あんな水みたいなお酒、美味しくない。簡単に造れるけどうまない。」と言われました。そこで、父に「1回だけ造って、言うとおり美味しいお酒でなかったら、今後は造ろうと言わない。」と、言いました。
大森杜氏は、新酒鑑評会で金賞の受賞暦のある杜氏でした。彼は、その後2回の金賞をうちの蔵元にもたらしてくれました。
 
しかし、1年目の吟醸酒は、惨憺たる出来栄えでした。大森杜氏も悔しい思いをしました。
この時のお酒は、瓶詰され冷蔵庫で3年間眠りました。
そして、3年後、封を開けて飲んでみると、「このお酒うりたくない。美味しすぎる。」と思わず呟いたのを覚えています。ここで悟ったことは、良い原料を丁寧に造れば、必ず時間と共にお酒は化ける。
ここから、熟成させるお酒の展開が開けました。
ただ、もう一つ、それから2年後学ぶことがありました。
それは、化けたお酒の味が落ちてきたのです。
お酒にも、飲み頃の時期がある。
 
吟醸を造るなと、父はその後亡くなるまで言いませんでした。
 
そして、2006年、「純米大吟醸 明石鯛」は、ITQIで三ツ星を頂き、ちちんぷいぷいなどで取り上げて頂き、皆様に名前を覚えて頂き一歩前に進めたと思っています。
 
自分の好きな味のお酒を造れたときが一番の幸せです。
 
日本酒に乾杯。